柵を越える少女

隣の家の中学生が柵をサクっと乗り越えたのを目撃して、僕はちょっと気まずくなった。そしてその女の子の身のこなし方があまりにも華麗で、美しかったので、見てみぬ振りをすれば良いものを、「こんにちは」と瞬間的に挨拶をしてしまった。
たぶんその子は家の鍵が無くて、いつものように僕の家の外階段の途中から彼女の家の庭に通じる柵を乗り越えて、鍵が開いているベランダの方に行こうと考えたのだろう。そしてその行動はそれまで誰にも見られたことが無かったので、「よっ」という粋な掛け声と共に大胆に行なわれた。しかし予定外の事はいつかは訪れるわけで、女の子はその教訓を僕の出現によって学んだ。おめでとう。
ただ女の子が本当に学ばなければいけないのは、あまり親しくない男に恥ずかしい行いを目撃されてしまった時の対応の仕方なのだ。「こんにちは」と言われたからには無視するわけにはいかない。僕とその子は会えば挨拶を交わす、普通のご近所さん的な間柄だ。歳は七つほど離れている。その子からしたら僕は結構なおじさんかもしれない。やがて、その子は僕に「こんにちは、じゃあ」と顔を赤らめつつ言って風のように去っていった。それがまた可憐だった。し、ショックだった。その女子中学生的な態度に僕に無い若さを感じた。そして"時をかける少女"を読んだ後のような、爽やかだけど憂鬱な、あの奇妙な心の痼りが無くならずに、僕は今も悩み続けている。
学ばなければいけないのは、僕の方なのかもしれない。