スチープン・スピルパーク監督の憂鬱

彼は毎朝6時に目を覚ます。目覚ましの音と共にベッドから素早く這い出ると、その勢いで彼はカーテンを開け、デスクの上の眼鏡をかけ、今日は少し寒いなと思ったらクローゼットからカーディガンを取り出して羽織る。
寝ている妻は起こさずに、キッチンに向かう。前夜に水と豆を準備しておいたコーヒーメーカーのスイッチを入れ、既にパンがセットされたトースターにもスイッチを入れ、そのまま玄関に向かう。ドアを開けて外に出ると、まず彼はそこで軽く体操をする。そしてストレッチをしながら歩き、ポストにささっている新聞を取ると、Uターンをしてまた家に向かう。
コーヒーの香りにつられ目を覚ました妻が、勝手にパンを食べていても、彼は怒ったりしない。おはよう、と爽やかに挨拶をし、それを無視されるが彼はにこやかに笑い続ける。
妻は黙々とパンを食い続け、スチープンは新聞片手にコーヒーを飲む。妻が大きなクシャミをして、テーブルにこぼしたパン屑を吹き飛ばし、それが彼のコーヒーカップに見事に入るが、妻は謝らない。スチープンは無言で立ち上がり、コーヒーを流しに捨てると、趣味である映画作りの為に書斎に引き篭もる。

そして、ここから一生出ないぞと、彼は決心する。妻が仕事に出ると、彼は大声で泣く。時には叫び、新作「E.T.C」の脚本を破り捨て、眼鏡を妻に見立て、それをグニャグニャに曲げたりもする。
しばらく暴れたあと、形状記憶で無傷の眼鏡をかけなおすと、彼はこうひとりごちる。


「まあ、俺無職だし。映画っつっても、パクりだからなぁ」


スチープンは書斎を出ると、妻が帰宅する時間に合わせ、いそいそとディナーを作り始めるのだった。