酒に溺れた出っ歯のオヤジ

川崎のナイター競馬に行った。僕は競馬場独特の空気が好きだ。そこら中に散らばる馬券、競馬新聞、吸殻。酔った親父の世の中への不満や、小屋に入った予想屋の当てにならない演説。パドックで糞を垂らす馬と、小さな騎手の背中。バラバラになったそれらは、レースが始まると同時に一体と化す。その瞬間が熱く、そして、虚しい。
僕は酒とツブ貝を持って、遠目からレースを観戦する。この季節のナイターはちょっと肌寒い。隣でサングラスをかけ毛皮のコートを着た女がなにかを呟きながら、新聞と馬とを交互に見やる。その若い女は煙草をスパスパと忙しなく吸い、それが短くなるとまた新たな煙草に火をつける。そしてレースが始まると同時に「よし」と小さく頷き、終盤では騎手の名前を大声で叫んでいた。僕はレースよりもその女を注視してしまい、予想は外れるわ熱々だったツブ貝は冷めるわで、散々だった。
結局収支はトントンだったけど、あの空気は中々他では楽しめない。
帰り道、酒に溺れた出っ歯のオヤジが、駐輪場で泣いていた。泣いても勝てねェよ、警備員の爺さんがそう言って酒に溺れた出っ歯のオヤジの背中を、ポン、と叩いた。